僕の人生

僕の趣味、日常のことや彼女の病気などを書いています

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僕の人生 

皆様の1番古い記憶ってどのくらいでしょうか?

僕の1番古くて
とても強く残っている記憶
ここから僕が始まったとも言えます。


その記憶は父親と夜、車で母親の入院している病院に向かっている途中でした。
僕の年齢は3歳?だったと思います。

母親は当時、病気で死んでもおかしくない病気だったそうです。
僕はそんなことも何も知らず、ただ父親との母親に会いにくのを楽しんでいただけだった気がします。
手術もその記憶後にしたとゆう記憶が無いので
すでに終わっていたと思います。

これが僕の1番古い記憶でした。
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( 2012/03/15 19:49 ) Category 僕の過去 | TB(0) | CM(0)

彼女との出会い 高校生活 

高校の定時制に進学した僕は正直やる気が全くなかった。
今の彼女とは同じクラスで出会ったのだが入学当初ままったく話したりしなかった。
なぜなら僕はそのころ友達なんていらないと思ってたし学校もさぼったりしていたからだ。

家で大工の仕事をバイトとゆうかたちで昼間働いていたが日給で貰っていたが時給にすると500円程度。。。いくら家でのバイトとは言え大工なのだ。身体をすごく使うのにだ!500円はないだろ!!
なれていない身体は疲れ切っていて学校まで自転車で40分かかる道のりを行く気もおきず何度かズル休みをしたよ。
そのことがバレてめちゃくちゃ怒られた。日給を上げてほしいと頼んだら家賃を払うなら上げてやるなんて言いやがったからさらにこっちはやる気がなくなっていった。

学校を辞めたかった。家での仕事を辞めたかった。家を出たかった。。。。

でも・・・父親に負けたくなかった。


つづく
( 2008/11/21 02:59 ) Category 僕の過去 | TB(0) | CM(0)

生い立ちパート3 

母親が死んでからしばらく経ち僕も中3に上がる頃から学校をサボるようになった。
理由は高校のことで父親と喧嘩していたためだ。
父親は定時制の高校に行って家の仕事を手伝えと言ってきてそれが嫌なら高校なんて行かなくていいと言われたからだ。
僕は普通に全日制の高校に行って外で働きたかったから、それが無理なら中学なんて行っても無駄だと思ったから行かないようになった。
無断で学校を休むようになって、もちろん担任から父親に連絡が行く訳でそのことで父とは何度も喧嘩になり家出もするようになっていた。
友達の家に泊めてもらったり公園で野宿したり、ただ学校のイベント(修学旅行や体育祭など)には欠かさず参加してた。

2学期も終わりになり冬休みになった頃、僕自身いろいろ考えて父親の願い通り定時制に行こうと思い始めた。なぜなら父親の考えは誰が何を言っても変わらなかったし、僕も勉強もしてないしでも高校には行きたいと思ったからだ。
3学期から真面目に学校に行くようになったが授業がまったく分からない。。。しかも受験を受ける定時性も倍率が3倍とかなりマズイことになっていた。。。
受験当日もテストが半分以上書けずに終わってしまい面接は無事だったが。。。
正直受かるとは思ってなかったが、なんと!!合格したのだ!

そして定時制生活が始まるのだが、ここでいろいろな人達と出会うこととなった。
( 2008/11/13 06:32 ) Category 僕の過去 | TB(0) | CM(0)

生い立ちパート2 

母親が病院に運ばれて父親も一緒に救急車に乗って行った。
僕は車のスピードが出てなかったこともあり怪我もなかったため1人で家に戻っていた。
1人になって僕は泣いていた。不安や恐怖でいっぱいだった。
1時間ぐらい泣いて少し楽になった頃、警察の方が来て事故の状況が知りたいから来てほしいといわれ警察と事故現場に行って状況とかを説明しました。
その後、学校にも連絡した頃、近所の人が父親から連絡をもらって僕の様子を見にきてくれました。
夕方になり父親が戻ってきて夜に病院に行きました。先生からの説明は「くも膜下出血」で手の施しようがなく、いつ亡くなってもおかしくないとのことでした。

その後、母親が集中治療室に入って亡くなるまで1週間あるのですがよく憶えてません。ただ病院に行ったあとから涙が出なくなっていたことだけは、よく覚えています。

お葬式も無事すみ少しして押入れなどを片づけていた時のことでした。
母子手帳を見つけたんです。2つ。。。
ひとつは僕が生まれる15年ぐらい前の物で以前親から聞いていた生まれて数日でなくなってしまった兄の物。そして。。。苗字が違う以外生年月日、血液型、名前が僕と一緒の物でした。
一瞬、母親の旧姓かとも思ったのですが違うことにすぐ気づきました。
昔からもしかしたらと思っていたので大して衝撃はなかったが僕は実の子供ではなかったんです。

それから数日たったぐらいに父親から言っておくことがあると言われ実の子供ではないことを告げられました。事実を知るのと言われるのでは言われる方がショックだった。

パート3につづく
( 2008/11/11 06:43 ) Category 僕の過去 | TB(0) | CM(0)

生い立ち 

僕の親は自営業で大工を営んでいて兄弟はいません。
家は作業所と一緒になっていて昔はそれがなんだか恥ずかしくて友達とかにはあまり知られたくありませんでした。
そのこと以外はたぶん普通の子供でした。学校に行って友達と遊んだりテレビゲームしたり。。。

中学に上がって1年目の9月でした。
その日は朝に台風が通過している最中で学校は時間を遅らせて登校することになってました。
ちょうど雨が止んだ時に学校に向かったのですが、家を出てすぐに降られいったん家に戻り着替えをしたら母親が車で送ってくれると言うので一緒に行くことにしました。
家から車で学校に向う途中でそれは起こりました。
カーブを曲がったのですが、そのまま曲がり続けて民家のブロック塀にぶつかりました。
何が起こったのか初めは分かりませんでした。
ただ分かったのが運転席で息が荒く意識がなくなった母親のことだけでした。

つづく
( 2008/11/09 21:00 ) Category 僕の過去 | TB(0) | CM(0)


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