僕の人生

僕の趣味、日常のことや彼女の病気などを書いています

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入院と治療 

二分脊髄で自力で排尿ができなくなりいよいよ入院しることになった。

地元の病院では治療などは困難だったため、
当時に私を見てくれていた泌尿科、整形外科の先生が紹介状を書いてくれて
東京慈恵大病院に入院することになった。


そこでも、MRI、レントゲン、尿検査、エコー検査
泌尿科、整形外科の先生に症状などを見られたが、
治療法が見当たらず
私にとって辛い日々が続くだけだった。

ただ、1つだけ少し変わったのが母親でした。
散々私の事を虐待してきた母親が優しくなったのだ。
父親も様子を見に来てくれたし・・・


そして、脳神経外科の先生に診てもらうことになり
そこで
私の命を救ってくれることになる先生を出会う事となりました。
脳神経外科 谷 諭 先生
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( 2012/03/15 20:19 ) Category 彼女の過去 | TB(0) | CM(0)

相方の考え 

生きること


人生悩んで当たり前。 
その悩みをどう未来に生かすか。 


得るものが沢山あると思うんだ。うん。 

プライドにかけて生き抜きたい。 
私は信じる事がなかなかできない頭脳だから、まずは自分を信じてあげたい。 

生きる事って深く考えれば考えるほど見えるものがある。 


過去リスカしてきたし、未だに自分の中で課題はいっぱいで。 

その事をやりぬいたら私はいつ死んでもいい。 


それくらい夢は大きくて溢れてて…

結局は自分の人生に責任を持つことが大切だと思う。 

その事に気付いた時、何かが開けた感じがしたんだ。 


今さらになっちゃったけど、25才は節目の年だと決めてたから、気付けて良かった。 


相方にはおんぶになってるから恩返しできるようにしたい。 


それは日常が普通に過ごせる事。 

笑顔で心からいられる事。 

料理も、もっと作れて掃除もできる事。 


電車も1人で乗れて、1人で病院に行ける事。 


沢山乗り越えなきゃいけない事があって、いっぱいいっぱいだけど><


健常者として精一杯生きる事ができる日がまずは目標かな。 


日常当たり前の事ができない私は、こんな事言いたくないけど『うらやましい』です。 


他人と比べたくないけど、たまには弱音はいてもいいよね? 


生きる事。 
それは単純に迎えるけど、特別のような感じがする。 


だから大切にしたい。 


私は自分のために生きていく。
相方は特別(笑) 


単純な事できて当たり前に思うなら、その当たり前に感謝してほしい。 


私も精一杯生きるから。 
今を精一杯生きるから。 
( 2010/11/24 01:50 ) Category 彼女の過去 | TB(0) | CM(0)

二分脊髄の発症 

彼女が中学に上がっても
親の離婚話、母親からの虐待は続いてました。

そんな中
中学の英語の時間が終ったあとに
すごい吐き気と熱が出て
母親に車で迎えに来てもらって病院に行きました。

この数日前から
なにも食べてないのに吐きもどしたり
オネショをするようになっていました。

病院に行って診察を受けたら
お腹が固いと言われ、これはおかしいということで
内科で見てもらい
エコー検査したら、子宮に問題があるか
オシッコが溜ってると言われ
管でオシッコを取ってもらったら800CCも溜っていたと言われ
原因が分からないと・・・
大きな病院で診てもらった方がいいとのことで
紹介状を書いてもらい、そちらに行きました。

まず、泌尿器科で診てもらい
自力でオシッコができないことが分かり
バルーンという管を付けて
レントゲン、MRIなどいろんな検査をしました。
その時、整形外科にもいったら
MRIをみた先生が手術はできないと言われました。
なぜなら手術をたしら99%障害で出ると言われました。
もし歩けなくなったり色々出てきたら
もう一度、来てくださいと言われ・・・

彼女は頭の中が真っ白になりました。
( 2009/02/18 15:30 ) Category 彼女の過去 | TB(0) | CM(0)

彼女の病気になったきっかけと訳3 

彼女が幼稚園、小学生になっても母親からの虐待は続いていました。
学校などでも同級生からイジメを受け逃げるところ
心が休まるところはありませんでした。
イジメられていた原因の1つに
腰にあるコブがありました。
奇形児で生まれた彼女のコブは年々大きくなっていて
スカートなどを穿くとコブが目立ってしまうため
いつもズボン系のものを穿いていたのがあります。

心が休まるところがないから
大好きなはずの飼っていたインコに
八つ当たりをしてしまい殺してしまったりしたそうです。
ほとんど無意識な状態だったそうですが。

小学校高学年の頃
親の離婚裁判が始まりさらに追い詰められて
5年生の頃
なわとびで首を吊って自殺しようとしたそうです。
もちろん未遂ですみました・・・

周りに相談することもできなかったそうです。
理由の1つに母親が責められてしまうから
どんなにひどい母親であれ親なのだそうです。

彼女が望んていたのが

もう一度
家族みんなで笑って一緒に暮らしたい
そう願っていたから・・・


つづく
( 2008/12/29 01:10 ) Category 彼女の過去 | TB(0) | CM(0)

彼女の病気になったきっかけと訳2 

彼女はもともと奇形児で生まれました。
腰の部分に大きなコブがあったのです。
家族構成は父親、母親、姉、彼女の4人家族でした。

父親と母親の関係は良くなく
父親は彼女が3歳のころ主張に行くと言って家を出て行ってしまい
2歳上の姉と彼女は母親から虐待を受けていました。
彼女が5歳のころに父親が家に戻ってくるようになったのですが
家族の関係は直らず父親と母親は絶えず喧嘩をして
母親は腹いせに娘たちに暴力をふるったり
ご飯を硬くなるまで出しておき
それを食べなければもう食事は作らないと言われて硬くなったご飯を食べさせられていたそうです。

つづく
( 2008/12/09 02:51 ) Category 彼女の過去 | TB(0) | CM(2)


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